人生の中で1番消したい恋愛の思い出話。

私が 23歳の時の話。
当日 フリーターで 気になる飲食があったのでアルバイトの応募をしました。
面接の日 その飲食店のマネージャーである人が 面接をしてくれました。

39歳という年齢よりも若く見える男性でした。
なぜか 面接なのに そのマネージャーと意気投合。
即決でアルバイトも決まり、
後日 必要な書類を色々書く約束をして
電話番号とアドレスを交換しました。
こんなに密に接してくれるマネージャーや店長は 今までアルバイトをしてきた中でも珍しかったし、
何より雰囲気のいい人だったので、
勘違いかな?とか思いながら、
気になりだしました。

そして、面接した次の日、
書類を書く為に、何故か駅前のターミナルで待ち合わせ。
マネージャーは車で私を迎えに来ました。
そのままファミレスへ。
ドリンクバーを頼んで
書類も書かずにお喋り。

やっぱり勘違いじゃなくて、
この人も私の事気になると思ってくれてるのかも!と少し確信しました。

数時間話して やっと書類を書き終わり、ドライブに誘われました。
驚きの展開でどうしていいやら…
そして 河川敷公園が少し走った所にあったので そこの駐車場で、
また お喋り。
急に、ほっぺにキスをされてしまいました。
あまりに驚いて
マネージャーの顔を見たら
イタズラっぽく笑って、

一目惚れしました。

なんて言われました。
なにが、起きているのかわからず、
はい!って裏返った声で返事して、
アワアワしてたら 抱き締められるし
嬉しいような困ったような、
変な気持ちになりました。

その後も何度か
勤務時間が一緒になる度に 、
お喋りしたり、
帰りに家まで車で送ってくれたり、
だんだん 好きになっていました。
一目惚れしました。っていうのは、
告白で はいって言ったから、
もう 私達は付き合ってるんだろうか?
という、モヤモヤを拭えないまま、
ある出来事が起こりました。
マネージャーも私も仕事がお休みで、
久しぶりにドライブに誘われました。
ゆっくり話すのは本当に久しぶりで、嬉しかった。
大好きって言ってくれたり、
たくさんハグをしてくれたり、
キスをしてくれたり、
夢を見ているみたいでした。

私達は付き合ってるんだと、
やっと確信できたような気がした。

だから、そのまま連れられて、
マネージャーと身体の関係を持ちました。
素直に嬉しかった。
心から愛してもらえた。
そう思いました。

そろそろ帰ろうか。という言葉に、
私は 少しわがままを言いたくなって、
もう少し一緒に居たいです。と
勇気を出して 言ってみました。
でも…その後、
マネージャーの口から出た言葉が、
今まで抱いていた全ての思いや、
言葉、出来事、全てを消し去ってしまいました。

「嫁さんが多分 もうごはん作って待ってるから帰らないとね」
今もハッキリ思い出せます。
泣きたかった。
でも、一番、泣きたいのはマネージャーの奥さんの方だと思い、
必死に堪えました。
平静を装って、そうですか。
わがままを言ってすみません!と
私は笑って見せました。
出会ってから、その日で半年弱。
マネージャーに奥さんが居るなんて、
全く知りませんでした。
店舗のパートのおばちゃんにも、
マネージャーはあの年齢になっても独身だから、もうお嫁さん来ないよ。
などと笑われていました。
信じていたけれど、
小娘が大人に遊ばれただけだったのです。
何より、私が大嫌いだと思っていた不倫を 知らず知らずの内にしていたのですから、自分を随分責ました。

次の日、すぐに私は、
その飲食店を辞めました。
その後も、マネージャーから、
会いたいというメールが何通か着ましたが、メールも無視でアドレスも変えました。
ただ、待ってる奥さんを放っておいて平気で不倫をしてしまう男もいるんだと、人生のいい勉強になりました。

それからいろんな人と恋愛もしたしお見合いもしました。

今は私も人の奥さんになっていますが、最高の男性の奥さんになれたので、
何だか、彼を見返せたような気がします。

私と主人の不思議な運命

私と主人、私は山梨県出身で、夫は岩手県出身、よくどこで出会ったんですか?と聞かれることが多いです。実は普通の出会い方ではないのです。インターネットの掲示板で出会いました。と言っても、出会い系ではありません。アカシックネットワークという、不思議な体験やいわゆるスピリチュアル系と呼ばれる掲示板でした。私は小さい頃からの霊感体質で、母方の実家が寺で、従姉ではあまりに霊感が強すぎて、巫女さんになった人もいるような家系でした。私は普通に大学を出て、大手食品会社で働いていましたが、留学資金をためるため、占い師のアルバイトを始めたのです。そしたら、私の中に眠っていたスピリチュアルな力が目を覚まし、まず透視が出来るようになり、その人の前世がわかるようになり、その人の住んでいる地域の神社仏閣の位置がわかるようになったのです。そういうのはもともとそういう素質があれば、訓練次第で身につくものなのです。私もそれからは霊夢を見たり、他の占い師との交流も増え、読む本はもっぱら、ヴォイスが出版するようなスピリチュアル系一色になりました。その中に、宇宙には何でも書いてある赤シックレコードというものがあり、それにアクセス出来れば、誰でもどんな情報でも手に入れる事が出来る、ということを知り、ネットで探している間に、そのサイトにたどり着いたのです。ちょうど世間はインターネットが普及し始めたころで、その時はまだ懐かしいダイヤル回線でした。そのダイヤル回線がネットにつなぐときに発する音が、私が眠りに就くときに、いつも聞いている音とそっくりだったのです。私は自分が、寝るときになにかと繋がっているのではないかと思いました。そしてそのインターネットが普及したように、いつか私たちの意識もインターネットのように繋がるときが来る、という文章に、いたく共感し、そのサイトの掲示板に書き込みをするようになりました。コーネりアという占い師名のハンドルネームで書きこんだのですが、すぐにshimaという人の丁寧な書き込みが目に付くようになりました。誰かに何かを質問する時も、非常に丁寧な対応をするのです。私はてっきり女性だとばかり思ってました。その頃の私はもう、留学資金もたまり、海外での留学生活を送っていました。生意気にもその頃の私は、日本人の欠点が見えていた時期で、何の躊躇もなく、その掲示板に、日本人のこういうところがダメだ、という文章を書き込みしました。そしたら今で言う、炎上してしまったのです。一斉に私への攻撃が始まりました。「海外に出てるからって、何なんですか?その上から目線は」とか、「日本の素晴らしさがわからないあなたは不幸です」等等、十件以上の書き込みが一斉に掲載されました。その時唯一かばってくれたのが、今の主人でした。私はいたずらメールを承知で、その人宛に自分のメールアドレスを送り、コンタクトを取りたいと申し出ました。するとすぐにメールが来て「あなたが今回の書き込みで、どれだけ傷ついたか、僕にはわかります」と書いてあり、初めて男性だとわかったのです。それからはほぼ毎日メールのやり取りをしました。2000年でしたから、2007年に結婚するまでほぼ毎日。そしてお互い顔を見ないまま、結婚を決めました。もうそん所そこらの友達よりもお互い深くわかりあってましたし、結婚したい、とお互い強く思うような関係にまで発展していたのです。そして2007年、岩手県に遊びに来た折、妊娠してしまいました。私はもう37歳になってましたから、この嬉しいプレゼントに大喜びでしたし、主人の両親が、私を温かく迎えてくれました。そして現在に至ります。ネットで知り合って結婚する例って、本当にあるんですよね。

長い長い片思いからの失恋

それは私が中学生の時から始まりました。私の通っていた中学校は各学年が3クラス編成の小さな中学校で、その子とは中学1年・2年と運良く同じクラスだったのです。ただ、好きになったのは2年も終わろうとしていた冬ころからでした。私の親友がその子のことを好きで、いつも私にどうしたらいいか相談してきていたのですが、次第に私自身もその子に惹かれて行ってしまったのです。
そして、3年夏の夏祭りの日、親友はその子に告白し振られてしまいました。私はとても落ち込んだ親友を励ましながらも、内心ホッとしていました。しかし親友の手前、私がその子に告白するわけにはいかなかったのです。ついに中学も終わり高校へ行くのですが、親友とその子と私はなんと同じ高校に進学したのです。私はまた、思いを伝えられないまま高校生活がはどんどん過ぎていってしまいました。高2のある日のことでした。たまたま同じクラスの女子と委員会でプリント作りをしなければならなくなった時、こっそりと「○○ちゃん(その子)あんたのこと好きやったらしいで」と聞いてしまったのです。心臓が飛び出そうなくらいうれしかったのですが、なんとか平静を保ちながら「えーマジで」と言うと「でももう今は他の子が好きみたい」と今度はショッキングな言葉…。その日の夜は告白しなかったことへの後悔で眠れませんでした。
そのまま時は過ぎ、私はずっとその子のことを諦められないまま高校生活も終わってしまいました。私は大学に合格し地元を離れることになりましたが、その子は地元の会社に就職することになりました。もうこの恋は諦めて新しい恋をしようを決めて大学へ行ったのですが、未練がましい私は、合コンや友達からの紹介で女の子と遊びに行っても今一つ付き合う気になれませんでした。大学2年の冬、成人式でその子に久しぶりに会ってやっと決めました。告白しないと終止符すら打てないと。
成人式の次の日、その子の友達に携帯のメルアドを教えてもらい「会う約束」をしたのです。その子は突然のメールに驚きながらも、会う時間を作ってくれました。失敗するのは分かっていながら期待してしまっている自分がいて、どうしようもない気持ちでした。そして、告白…。
結果はダメだったのですが、それだけでなく、なんともうすぐ結婚するという話でした。少々のことではへこたれない私も、これには参りました。私はその日のうちに大学に戻り、友人を部屋にいっぱい呼んで失恋したことをぶちまけ、大酒を飲みました。そして吐きに吐きました。しばらくは精神的ダメージが消えることはなかったですが、大学の友人が励ましてくれ、1か月もするころには立ち直ることができました。
それから15年以上もたち、私も3人の子供の父親となりました。地元にはその失恋を知る者はほとんどいませんし、もう忘れてもいいころなのになぜか、記憶の片隅にまだ居続けて私を苦しめています。